移住2.0。東京と岩手で自分らしく暮らす、パラレルワークという選択

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永住を目的として別の地域に引っ越すこと。移住と聞くと、多くの方はこう想像すると思います。本日ゲストにお招きした伊藤美希子さんは、移住の新たなカタチを体現している二地域居住のパラレルワーカーです。都内のマーケティング支援会社に勤務するかたわら、2013年からは岩手県にある人口6,000人余りの住田町にも拠点を置いて地域のコミュニティづくりを支援。そのきっかけは2011年3月に発生した東日本大震災でした。

伊藤さんにとってまったく縁のなかった住田町をなぜ選んだのか、なぜ東京と岩手の二拠点で働こうと思ったのかなど、経験談を交えながら大いに語ってもらいました。

岩手県住田町のオフィススペースからオンライン座談会に参加してくれた伊藤美希子さん

ふたつの土地を拠点に、パラレルワーカーとして活躍

MC・Aya(以下、Aya):伊藤さんは東京と岩手県の住田町を拠点に働いていらっしゃるとお聞きしました。現在はそれぞれの土地でどういったお仕事をされているのでしょうか?

伊藤:東京では、株式会社ベストインクラスプロデューサーズ(BICP)という企業でマーケティング・プロデューサー兼プランナーとして勤務しています。様々な企業のマーケティング戦略を一緒に策定し、施策の実行までをサポートする仕事です。もう1社は、住田町にある一般社団法人邑(ゆう)サポートで、こちらでは地域づくりのサポート、コミュニティデザインの仕事をしています。

Aya:実際にはどのようなワークライフを送られているのですか?

伊藤:現在は新型コロナの影響で岩手県に数カ月滞在していますが、基本的な移動サイクルは10日間ほど東京で働き、住田町に5日ほど滞在するといった感じです。複数のお仕事を同時に行うことをパラレルワークと呼びますが、私のように、異なる拠点でそれぞれ違ったお仕事をするというのは案外珍しいのかも知れせんね。

Aya:先ほどの「コミュニティデザイン」というのはどういったお仕事なのでしょう?

伊藤:地域のなかで人の繋がりや繋がる仕組みをデザインし、課題を解決することを指すのではないかと。大学院の時にコミュニティデザインの研究室に所属していまして、オーストラリアの在宅高齢者のケアでお庭のメンテナンスなどを行うボランティアサービスを事例に研究しました。社会的弱者の方が暮らすうえでの課題を、行政や地域住民がいかにサポートしているかという事例です。

東日本大震災後のボランティアで住田町へ。パラレルワークを開始

伊藤:2005年に大学院を卒業し、広告会社に就職しました。この頃は自宅から職場に通うという一般的なスタイルでした。パラレルワークを始めるきっかけは、2011年の東日本大震災でした。震災後すぐ、同じ研究室の先輩方が被災地支援を始めたと聞きつけ、すぐに連絡を取ってボランティアとして訪問しました。それが住田町との最初の出合いです。

Aya:震災直後から二拠点生活を始められたのですか?

伊藤:当時は数カ月に1回の頻度で住田町を訪問していました。その後、転職したプランニング会社の社長が東北での活動にすごく理解のある方で、2013年からは週末と合わせて数日間、月1回の頻度で住田町を訪れるようになりました。本格的にパラレルワークを始めたのもこの頃で、被災地支援のために立ち上げた邑サポートを法人化するにあたり、私が理事に就任した時期です。

ミッフィー:パラレルワークに理解のある職場でうらやましいです。

伊藤:その後、すでにBICPを起業していた広告会社時代の上司に「邑サポートの理事を務めながら社員になるのはどうか?」と誘ってもらい、2016年にBICPに転職します。二拠点での生活を始めたのは、ボランティアを機に住田町に移住した男性と結婚したことがきっかけです。東京と岩手での別居を前提とした結婚でしたが、住田町に納税したいと思い、結婚を機に2018年に住民票を住田町に移しました。

タミー:この町に納税したいってお考えは素敵ですね! 移住先を決めるひとつの目的として「住みたい街=納税したい街」という発想もありかなと気づきました。

林業さかんな住田町で被災者支援と人の交流をお手伝い

Aya:住田町はどのような町なのでしょうか?

伊藤:住田町は人口5,200人ほどの小さな町で、総面積の9割が森林ということから林業が盛んです。海沿いの陸前高田市や大船渡市からひとつ内陸にある町で、震災後は消防団の派遣や炊き出し、支援物資の中継地として被災地の後方支援を行っていました。

津波の被害を免れた住田町は震災後に後方支援の拠点になりました。

伊藤:震災直後、住田町では町外の避難者を受け入れるため木造戸建の仮設住宅を建設したんです。仮設住宅は本来、被災地に作るものなのですが、津波被害のあった陸前高田や大船渡ではきっと用地の確保もままならないだろうと当時の住田町長が英断を下し、震災の3日後には町内に仮設住宅を建てる話になったと聞いています。

Aya:後方支援だけじゃなく、近隣の街から被災者を受け入れたわけですね。

伊藤:住田町から車で30分ほどの陸前高田や大船渡は、結婚を機に転居されていた方や親戚がいるなど、何かと地縁のある街です。なので、3つの団地に分けて計93戸の仮設住宅を町内に建て、260人ほどの方々を受け入れていました。

木造の仮設住宅。2020年7月に最後の入居者が転出し、その役目を終えました。

Aya:邑サポートでは具体的にどのような活動をされていたのでしょう?

伊藤: 2011年から現地でボランティア団体として活動をスタートし、仮設住宅に住む方々が自治会組織を作る際のサポートや、行政からの委託を受けてボランティアと住民を繋ぐコーディネートの業務を行っていました。定期的にお茶会を開いて交流の場を設けたり、私はフラワーアレンジメント講師の資格を持っていたのでお母さん方を呼んで教室を開いたりと。全国からのボランティアの皆さんや、地元の公民館のスタッフと協力しながら、色々なイベントを催し、仮設住宅の方々と一緒に過ごしてきました。

Aya:そうやって住田町の方々との繋がりを深めていったのですね。

よそ者にはよそ者の役割。住田町の魅力を伝えるという使命感

伊藤:移住というとずっとここにいようと、永住の地として移り住む方が多いかもしれません。ですが、私は仕事をしに来ていた土地に縁あってたまたま暮らし始めたというくらいです。地域がもっている課題を解決するために、よそ者の視点は必要なのではないかな、と。気仙川の美しさや満天の星空の素晴らしさってこの地域の方々には当たり前の風景ですけど、よそ者の私からしたらとてつもなく素晴らしい資源に見えるんです。「住田町のここが素敵だよ!」と共有して言い続けていくのが大事だと思っていて、支援する人・支援される人という関係性を超えた繋がりを作っていきたいと思っていますし、それが邑サポートも大事にしていることだと思っています。

気仙川にかかる一本橋。町の中心を気仙川が流れ、こんなのどかな風景が広がっています。

Aya:よそ者の視点を持ち続けることで仕事の幅と、地域との繋がりも広がっていくということですね。住田町で生活するにあたり、気を付けられていることはありますか?

 伊藤:どの地域でも、昔からずっと守られてきたしきたりや考え方があります。仮に違和感があったとしても、尊重したいです。合理的に考えると遠回りと思えることでも、昔から続いているのには訳がありますし、よくよく考えたら、一周回って合理的だと気づくことも多いですから。地域の素晴らしい資源は、その価値観があるから守られているものもあり、そこにいる方たちの考えを尊重するというのはとても大切なのではないかと思います。その上で、変えたらもっとよくなるかも、というものは一緒に変えていければと。

 ミッフィー:一周回って合理的って、たしかに学校の保護者会とかそうかもしれない(笑)。

 Aya:そうですね!それって意外と普遍的な話なのかもしれませんね。

決め過ぎず、軽やかに。それが移住を楽しむコツ

伊藤:あと気を付けていることは……、無理をしないことですね。私の場合、当時の東京の自宅から住田町まで片道5時間かかりました。新幹線の駅に着いてからも車で山をひとつ超えなきゃなんですが、やはり疲れてしまうこともあります。疲れたらまた新しいやり方を考えよう、という気持ちでいつも活動しています。それと、自分の中で決め過ぎないこともとても大切だと思います。知らない土地の人と繋がると少なからず問題も出てくるかもしれません。移住はこうあるべきと決め過ぎていると心が疲れちゃいますからね、もし疲れたら足を止めて柔軟に関係性を築いていくほうが結果的に楽だと思います。

町の9割が森林。フラワーアレンジメントの材料だって山で調達できます。

しらべ:伊藤さんのそういう軽やかな暮らしぶりが今に繋がっているんだろうなと感じました。私はガチガチに考えすぎてしまう性格なので、伊藤さんの軽やかさを参考にさせていただきます!

Aya:いろんな考え方、暮らし方があるから、伊藤さんの柔軟なお考えを取り入れてみると移住はもっと楽しいものになりますね。では最後に、伊藤さんからメッセージをお願いします。

伊藤:そんな風に言っていただくと恐縮です。私は自分のことを計画的じゃない人間と思っていますので(笑)。こうして二拠点生活を送れているのは、間違いなく周囲の理解と協力があってだと感じていて、上司や同僚、夫と家族、気にかけてくれている仲間には日々感謝しています。計画的ではないですが(笑)、目の前のことを大事にして、私なりに真剣に取り組んできたことがこうして取り上げていただき、また共有することで、私自身の成長にも繋がっていると実感しています。私たちってやはり自然の一部であり、社会の一部ですからね、この地域の考え方を尊重しつつ、この地域、自然環境、社会に対して私なりに貢献できたら。そんな風に思いながら楽しく暮らしています。

伊藤美希子

ベストインクラスプロデューサーズ マーケティング・プロデューサー / 一般社団法人邑サポート

2005年総合広告代理店入社。プランニング部、デジタルマーケティング部に所属。2012年株式会社ツナグ入社、2016年より株式会社ベストインクラスプロデューサーズ(BICP)に入社し、マーケティング・プロデューサー/プランナーとしてクライアントのマーケティング戦略・活動の支援をおこなっている。

2011年から岩手県住田町に仮設住宅のコミュニティ支援でボランティアに入り、2014年から2018年まで一般社団法人邑(ゆう)サポート理事。現在は、BICPの仕事をしつつ、邑サポートのスタッフとして岩手と東京を行き来する生活を続けている。二足のワラジスト、岩手県・住田町でのリモートワーカー。

一般社団法人邑サポート公式サイト:https://u-support.wixsite.com/u-support

株式会社ベストインクラスプロデューサーズ公式サイト:https://bicp.jp/

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